AI経営白書シリーズ 第11回 / 全27回
AI時代の新規事業の作り方
AI機能を足すだけでは新規事業になりません。顧客の未解決課題、独自の供給能力、学習する収益モデルを一体で設計する必要があります。
30秒でわかる記事要約
- 機能から発想せず、誰のどの困りごとを解決するかを狭く定義する
- 完全自動化の前に人が支援する形で顧客の対価意思を検証する
- 利用量に比例するAI費用を含めた単位経済性を確認し、既存事業との共食いを正面から扱う
「このAI機能を使えば新しいサービスになる」という発想からスタートすると、同じ機能を思いつく競合と、同じ市場で消耗戦になりがちです。出発点にすべきは技術ではなく、「誰の、どの困りごとを解決するのか」という一点です。
課題を狭く定義する
これまでデータと競争優位を見てきました。今回は、それを新しい事業として立ち上げる場面に焦点を当てます。生成AI生成AI(Generative AI)生成AIとは、テキスト・画像・音声・コードなどのコンテンツを人間の指示(プロンプト)に応じて新しく生み出すAIの総称です。大量のデータから学習したパターンをもとに、質問への回答や文章作成、要約、翻訳などを自動で行います。ClaudeやChatGPT、Geminiが代表例です。詳しく見る →のおかげで、試作品を作る費用は下がりましたが、その分、似たような機能を持つサービスも増え、機能だけでは差が長続きしません。本当に検証すべきなのは、技術が動くかどうかではなく、顧客が行動を変え、対価を払ってくれるかどうかです。そのためにまず必要なのが、課題を狭く定義することです。
誰の、どの場面の、どんな損失を減らすのかを決めてください。「中小企業の経営を支援するAI」というような広い定義では、何を作ればよいのかが定まらず、検証のしようもありません。「飲食店が毎月の仕入れ発注にかけている時間を減らす」というところまで絞り込んでください。
幅広い万能助手を目指すより、結果を測れる具体的な課題から始めるほうが検証しやすくなります。狭い課題であれば、導入前と導入後の時間や精度を具体的な数字で比較でき、本当に価値があったのかを判断できます。
課題を絞ることに、多くの経営者は抵抗を感じます。市場が小さくなるように見えるからです。しかし実際には逆で、狭い課題を確実に解決したサービスのほうが、口コミで広がります。「うちの業界の、この作業に効く」と言えることが、最初の顧客を得る条件です。
範囲を広げるのは、最初の顧客層で成果が確認できてからで構いません。順番を逆にして、最初から幅広い層を狙うと、誰にとっても中途半端なサービスになりがちです。
人のサービスを先に試す
完全に自動化する前に、人が裏側で支援する形で価値を検証してください。表向きはAIが対応しているように見せかけて、裏側では人が対応を代行する、というやり方で、まず顧客の反応を確かめている企業もあります。
顧客が本当に求めている結果と、起こりうる例外をまず人の目で学び、その後でAIへ移していきます。人が対応する中で「こういう質問がよく来る」「この場合は特別な配慮が必要だ」といったパターンが見えてから、その部分をAIに任せていくほうが、失敗が少なくなります。
この進め方には、もう一つ利点があります。開発に着手する前に、事業として成立するかどうかが分かることです。人が手作業で対応してみて、顧客が対価を払わないのであれば、自動化しても払いません。逆に、手作業でも喜んで払ってくれるなら、自動化する価値は確実にあります。
ただし一点、誠実さの問題があります。裏側で人が対応していることを、顧客に対して事実と異なる形で説明してはいけません。「担当者が確認してお返しします」と伝えれば足りる話です。検証のために顧客を欺く必要はありません。
収益と費用を同時に見る
利用量に応じた推論費用、監督の手間、事故対応、データ取得のコストまで含めて計算してください。利用者が増えるたびにかかるAIの処理費用は、見落とされがちですが、利用者数が伸びるほど効いてくる費用です。
売上が増えるほど赤字が膨らむ設計は、避けなければなりません。無料や低価格でサービスを提供して利用者を増やす戦略は、AIの処理費用がかさむビジネスでは特に注意が必要です。
従来のソフトウェア事業では、利用者が増えても追加費用はほとんど増えませんでした。だから「まず無料で広める」戦略が成立したのです。AIを使うサービスでは、この前提が崩れます。利用者が一人増えれば、その分の処理費用が毎月かかり続けます。
料金設計では、一人の顧客が一か月に生む売上と、その顧客にかかる処理費用を必ず並べて見てください。ここが逆転していれば、成長するほど資金が減ります。定額制にする場合は、想定を超える使い方をする顧客への上限も、あらかじめ決めておく必要があります。
既存事業との関係
新規事業が既存商品を侵食する可能性を、隠さずに扱ってください。新しいAIサービスが好調になるほど、既存の人手によるサービスの売上が食われるという事態は、十分に起こり得ます。
顧客接点、データ、販売網を共有できる一方で、既存部門の評価制度が新規事業の足かせになることもあります。既存事業の売上目標を持つ部門が、自分たちの数字を減らしかねない新規事業に協力的になれないのは、当然のことです。この対立を経営が正面から扱わなければ、新規事業は社内で孤立してしまいます。
対処の方法はいくつかあります。新規事業の売上を既存部門にも計上する、協力した部門を評価する項目を設ける、あるいは新規事業を別組織として切り離す。どれが正解かは会社によりますが、共通しているのは、現場の善意ではなく制度で解くという点です。
そして経営者が明言すべきことがあります。「既存事業を食う可能性があると分かったうえで、それでも進める」という意思表示です。これを曖昧にしたまま進めると、既存部門は自社の新規事業を、外部の競合より厄介な存在として扱うようになります。
見落としやすい点
「技術的に動く」ことを確認した段階で満足せず、顧客が実際にお金を払うかどうかまで検証してください。ここを飛ばすと、デモは好評でも売上につながらない、という結果になりがちです。
戦略に落とすには
まず検証すること(1〜3か月)
顧客10人に、現在の代替手段と、困ったときにかかる費用を聞いてください。
二週間、人手を含めた試作サービスを提供してみてください。
顧客の成果、支払う意思、提供にかかる原価の三つを記録してください。
積み上げること(6か月〜3年)
検証チームに、価格、工程、撤退を決める権限を与えてください。
AIの利用費と人による監督費用を、単位経済性の計算に含めてください。
既存事業との競合関係を、経営会議で明示的に扱ってください。
経営者への問い
その新規事業は、誰の、どの困りごとを解決していますか。一文で言えますか。
顧客は実際にお金を払いましたか、それとも「便利そうだ」で止まっていますか。
売上が増えるほど赤字が膨らむ設計になっていませんか。
既存事業との共食いは、経営会議で正面から議論されていますか。
まとめ
新規事業づくりの本質は、技術の目新しさではなく、顧客との約束の設計にあります。次回は、この収益構造を、利益率という数字の側から見ていきます。
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