AI経営白書シリーズ 第2回 / 全27回
なぜ日本はDXで遅れたのか──同じ構造がAIでも繰り返されている
DXが進まなかった原因は、技術力でも人材不足でもありません。目的、当事者、業務、測定、知見という五つの構造です。そしてその構造は、今まさにAIで繰り返されています。
30秒でわかる記事要約
- DXの遅れは技術力・人材不足ではなく意思決定の構造が原因
- 目的・当事者・業務・測定・知見という5つの構造で説明できる
- 同じ構造がAI導入でも繰り返されつつある
結論
日本企業のDXが期待どおりに進まなかった理由を、技術力の差や人材不足で説明する声をよく聞きます。しかし私は、原因の大半は技術ではなく、意思決定の構造にあったと考えています。
そして厄介なのは、その構造がまだ会社の中に残っていることです。構造を変えないままAIを入れれば、DXのときと同じ結末になります。前回、AI経営を「判断の仕組みを設計し直す経営」だと定義しました。今回は、その設計をしないまま道具だけを入れると何が起きるかを、DXという実例から確かめます。
「人材不足だったから」で説明してよいか
DXが進まなかった理由を尋ねると、多くの場合「デジタル人材が足りなかった」という答えが返ってきます。それは事実の一面でしょう。しかし、この説明には落とし穴があります。
人材不足が原因だったのなら、人を採用すれば解決するはずです。実際に人を増やした会社でも、状況がさほど変わらなかった例を私は見てきました。逆に、専門人材をほとんど抱えていないのに、業務が明らかに変わった会社もあります。この差は、人数では説明がつきません。
原因を人材不足に置くと、経営者は「採用と教育の問題」として担当部署に渡してしまいます。そして数年後、同じ議論をAIで繰り返すことになります。ここでは、もう少し踏み込んで、五つの構造として整理してみます。
構造1:目的が「システムを入れること」になった
DXという言葉は、本来「デジタル技術で事業や組織を作り替える」という意味を持っていました。しかし実務の現場では、いつのまにか「古いシステムを新しくすること」に置き換わっていきました。
目的がシステム更改になると、稼働した時点でプロジェクトは成功になります。その後、業務が速くなったのか、顧客が増えたのかを問う人はいなくなります。予算が消化され、担当者は次の案件へ移り、誰も結果を追いません。
同じことが、いま「AIを導入する」という言葉で起きています。今年度中に導入する、という目標を立てた瞬間に、導入した時点がゴールになります。前回お伝えした「導入率より経営成果を見る」という原則は、DXの反省から出てきたものでもあります。
構造2:事業部門が当事者にならなかった
多くのDXが、情報システム部門の案件として始まりました。しかし業務のやり方を決める権限は事業部門にあります。推進する側に権限がなく、権限を持つ側に当事者意識がない。この構造では、システムは入っても仕事は変わりません。
さらに、外部ベンダーへの依存が重なりました。要件定義を任せ、開発を任せ、運用まで任せた結果、自社で判断できる人が残らなかった会社は少なくありません。
AIでも、まったく同じ配置が起きています。推進室が旗を振り、事業部門は様子を見て、実装はベンダーに任せる。次回以降で扱う「事業責任者が成果とリスクを引き受ける」という論点は、この反省の上に立っています。
構造3:業務のほうを変えなかった
日本企業のシステム導入では、既存の業務手順に合わせてシステムを作り込む選択がよく取られました。現場の混乱を避けられる一方で、非効率な手順がそのまま固定され、しかも改修のたびに費用がかさむ構造が残りました。
本来、新しい道具を入れるときは、道具に合わせて仕事のやり方を見直す機会でもあります。しかし「現場が混乱するから」という理由で、そこに手をつけない判断が繰り返されました。
AIはこの点でさらに厳しい道具です。承認が何段階もあり、同じ情報を何度も転記している業務にAIを足しても、確認作業が増えるだけです。業務の再設計については後の章で詳しく扱いますが、順序を間違えないでください。AIを入れてから業務を考えるのではなく、業務を見直してからAIを入れる。 DXで学べたはずのことです。
構造4:成果を測る習慣が根づかなかった
導入前に、その業務に何時間かかり、どれだけ間違いが出ていたのかを記録していた会社は多くありません。基準がなければ、導入後に「速くなった気がする」以上のことは言えません。
測っていないので、投資の是非も判断できません。判断できないので、続けるべきか止めるべきかも決まらず、なんとなく使い続けるか、なんとなく使わなくなるかのどちらかになります。
AIでも同じ状態がすでに起きています。「全社の何割が使っている」という数字は熱心に集めるのに、その利用が売上や費用をどう変えたかは誰も説明できない。利用率は測りやすく、経営成果は測りにくい。測りやすいものだけを測る癖は、DXから引き継がれた宿題です。
構造5:知見が社内に残らなかった
外部に任せた部分は、外部にしか知見が残りません。プロジェクトが終わると、何をどう判断したのかを説明できる人が社内にいなくなります。次に似た案件が来ても、また一から外部に相談することになります。
これは費用の問題以上に、学習の問題です。会社が経験から学べないなら、何度やっても最初からやり直しになります。
AIの領域では、この危険はさらに大きくなります。技術の変化が速く、外部に任せきりにすると、判断の質そのものを自社で保てなくなるからです。
同じ轍を踏まないために
五つの構造を並べてみると、どれも技術の問題ではないことが分かります。目的の立て方、権限と当事者の配置、業務を変える覚悟、測る習慣、知見を残す設計。すべて経営の領域です。
裏を返せば、これらは経営者の判断で変えられるということでもあります。デジタル人材の採用市場が厳しくても、目的の立て方は今日から変えられます。ベンダーとの関係を見直すのにも、特別な技術力は要りません。
ここに、遅れを取り戻せる可能性があります。DXで遅れた会社が、AIでも必ず遅れるわけではありません。ただし、遅れた原因を「人材不足」で片づけたままなら、同じ結果になる確率は高いと私は見ています。
まず、ここから考える
過去のDX案件を、責任追及のためではなく、学習のために振り返ってみてください。振り返る対象は、うまくいかなかった案件で構いません。
見るべき点は五つです。その案件の目的は「システムを入れること」になっていなかったか。事業部門の誰が当事者だったか。業務のやり方をどこか一つでも変えたか。導入前の数字を測っていたか。そして、その経験を説明できる人が今も社内にいるか。
一つでも「いいえ」があるなら、それは今のAIの取り組みでも同じように起きている可能性が高い項目です。次の案件を始める前に、そこだけは先に手を打ってください。
経営者への問い
- 自社のDXが期待どおりに進まなかった理由を、人材不足以外の言葉で説明できますか。
- 現在のAIの取り組みは、DXのときと同じ人が、同じ配置で進めていませんか。
- 「今年度中にAIを導入する」が、いつのまにか目的になっていませんか。
- 前回のDX案件から得た知見を説明できる人は、今も社内にいますか。
SUKUMOの視点
DXの遅れを語るとき、私は日本企業の能力が低かったとは思っていません。むしろ、現場の改善力は世界的に見ても高い水準にあると考えています。
問題は、その改善力が部門の中に閉じていたことです。現場は現場で工夫を重ね、経営は経営で計画を立て、その二つが同じデータの上で出会う設計になっていなかった。DXはその設計を作り直す機会でしたが、多くの会社でシステム更改に矮小化されました。
AIは、同じ機会をもう一度差し出しています。ただし前回より短い時間しか与えられていない、というのが私の実感です。
まとめ
DXで遅れた原因は、技術ではなく、目的・当事者・業務・測定・知見という五つの構造にありました。この構造を残したままAIを入れれば、結果も繰り返されます。
次回からは、その構造を具体的にどう作り替えるかを見ていきます。まずは、AIが会社の何を最も大きく変えるのか。意思決定という切り口から入ります。
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